教会情報や近辺の情報などをUPしています♪
Calendar
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>
NewEntry
Profile
Category
Archives
Comment
Search
Link

日本時間(Japan Time)
天気情報
Favorite
Mobile
qrcode
Sponsored Links
【新ためて善悪の知識の木と、木の実】
(ルカ15:20-21)
・・・・・しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て、屠りなさい。それから、食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに、生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。

【チョッと一言】
ここに見る宴会こそは、神の側から見た地上に於ける日々の天国クリスチャン生活の画像です!そして礼拝の原型。まるで神の家族の祝宴のよう。主催者は父である神御自身。神を思うのが命なのに、離れた子どもの帰り。そう、神の喜びは大変なものです。

加えてもっと感激は、終末時代の終末には、主なる神とあなたとの縁結びは、親子関係以上になる!イエスさまの最初のしるしになったカナの婚礼でのことも、イエスさまが来られる750年も前にイザヤが伝えていた「・・・主は救いの衣をわたしに着せ 恵みの晴れ着をまとわせてくださる。花婿のように輝きの冠をかぶらせ、花嫁のように宝石で飾ってくださる。」の言葉からも然り!

礼拝とは説教者や、賛美の奉仕者による「縦並び」の催し物ではなく、役目は違っても、牧師も賛美の奉仕者も同じ!信徒たち共々皆こぞって、生き返った神の子として復活した同列、「横並び」の祝宴ですぞ!


2018.05.26 Saturday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実】

(ルカ15:20-21)
そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、また、お父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』

【チョッと一言】
この父親に見る神の姿は、試練とは当てのない未来をただ待つというのではなく、待たされても揺るがない確信に裏付られた希望です。私たちの根源、父 である神は、子である私たちが立派でなくてもどころか、全身全霊汚れ、鼻をつんざくような悪臭と異臭を放つ者であろうが一向に構わない!あなたの存在そのものが尊く、嬉しいのです!天地の神を主とか神とか崇めている時代は、これほどまでに暖かい方だと到底知り得ませんでした。

さて、後に登場する兄と弟では正反対のようだが、この弟の方、「悪いことををしたから、息子とばれる資格はありません」と言ったのですが、単なる罪の告白ではなく、裏を返せば後に登場する兄貴と同じで「良いことをすれば、祝福されて当然だ」という心と同じです。」善悪の知識の木の実を食べていた律法主義、戒律主義でした。イエスさまは、それを言いたかったんです!神の子には[聖試験]に合格したら、なれるのではありません。この真理が分かると、遅かれ早かれ神に憩える心、神に寄り添う親しさがあなたに本格的に芽生えます!その神とは、あなたと同じになってくれたイエスさまのことです。



2018.05.25 Friday 06:30
今日のことば comments(0)
【善悪の知識の木と、木の実】

(ルカ15:15-20)
それで、その地方に住むある人のところに行って身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にして下さい」と。』そして、彼はそこをたち父親のもとに行った。

【チョッと一言】
私たちの父である神は、自分の持っているものを子である私たちの誕生の記念にお祝いとして分けてくださってます。しかしながら神の子であっても、神を意識するより自意識が過ぎて、何でも自力でやってみたくなる時期を通ることが普通です。その間は、父なる神にとっても試練の時です!私たちの心情を重々分かってもらえているので揺るがず待っていてくださる。弟息子が「我に返った」の描写は、父・子から出た聖霊がタイムリーに父の存在と自分のルーツを結びつけてくれたからです!ここでイエスさまにも登場してもらいましょう。あなたと同じになった子としての神イエスは絶えず父を意識し、父の心を全うされました。イエスさまはあなたより先に、胎児のあなたの人生から先取りして歩み、あなたに代わって父なる神に執り成して下さっています!ギリシャ語のアンスローポスとは、「人(子)とは神(父)に向けられて造られている」という意味です。紀元300年代の、かの有名なアウグスチヌスは【告白】で、「ですから、私たちの心はあなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることはできないのです」と言いました。



2018.05.24 Thursday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実】
(ルカ15:11-20)
イエスは言われた。「ある人に二人の息子がいた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。

【チョッと一言】
この例え話を使ってイエスさまは、人が善悪の知識の木の実を食べて、神と人、人と人の心がこんなにもかけ離れてしまうものなのか熟考を促されましたが、その狙いは、どうやら善悪の知識の「せい」ではなく、善悪論というテストで「本性」が検出されたと言えます。そして兄と弟の二人とは、あなたは兄貴型と弟型のどっちかではなく、表面も考え行動まで全く別のようでも、生まれたときから両方持ってるんです!善悪の知識の木の実で顕わにされるんだと気付くでしょう。

その事実に立つと、父親に見る神の先を見通した配慮、愛、忍耐等々、お気持ちは変わらないどころか、以前よりもっともっと益々、我々に対して本領発揮されることが分かります!我々の人生、動静の一コマ一コマは想定外ではなく、御存知の上でのことです。そこに救いがあります!今週は、今朝から一つ一つ検証していきます。


2018.05.23 Wednesday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実】

(創世記2:16-17)
主なる神は、人(アダム)に命じて言われた。「園のすべての木から(園のどの木からでも思いのまま)取って食べなさい(食べてよい)。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」

【チョッと一言】
アダム以来神と人との六千年間の歴史を踏まえて、この言葉の真意は、父子霊の創造主である神が、「私はあなたと初めから一体だから過ぎてはならない。こうしてはいけない。こうすべきだとの法律は必要な生活基準であって本来良いものだが、私でさえ怒るに遅く、恵みで応えるのに、あなたは熱心になり過ぎて戒律主義になってはいけない。私から離れて自分だけ飛び出し、霊が一番とか、この世⇔神の国、信仰⇔不信仰、善⇔悪、命⇔死とか分けて私の領域に立ち入る。そんなことやってると、それこそ私を敬うふりして行く行くは、私を通り越して自分が神になろうとすることになる」ということだったのです。何かにつけ、いつも、どこでも、どんな時もイエスさまに執拗に論争を仕掛けて来たのは、善悪の知識の木の実が大好物な当時の格好だけでそれこそ肉の人=脚光を浴びたい名誉欲、神さまではない金さまの拝金主義の塊の宗教指導者層、宗教熱心な一部信徒たちでした。最後は鬱憤晴らしに神の義を十字架につけて殺した!でも、神が負けるか!生き返った!歴史は繰り返す。終末の教会もこれからもっとそうなる!

それにしても神の思いは図りがたい!十字架の死と血で善悪の知識の木の実の毒消しをしてくださった!十字架だけが、あらゆる時代の全世界の神の子の命を贖う決め手になったんですから!十字架に帰ろう!



2018.05.22 Tuesday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実】
(ルカ23:42-43)
そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。」

【チョッと一言】
「善悪の知識の木の実からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」(創世記3:16)。主なる神が命じてまで「やるな!」と言われたのは、「何が正しいか間違っているか、大人であっても、人は神のようには判別も行動も出来ない」ということだったことを我らの脳裏に刻もう!

神の用意された楽園パラダイスは、どこにいても、何をしていても、神に囲まれている自分がおり、自分の中に神が一緒だという現実です。実感できたら勇気百倍です!でも、善悪の意識が入ったら、調子良い時や自分なりに正しいことをしている時は有頂天になり、思い通り行かない時や、自分なりに悪いと思えることをやったときは、神は自分の中に居ないどころか離れてしまわれたと思ってしまう。

この男、「わたしを思い出してください」と腹の底から言えたら、善悪の知識の木の実を食べて罪と死に至らせる法則原理から解かれました!さらに「今日わたしと一緒に楽園にいる」と、イエスさまに念押されて、久しぶりに、あの懐かしいエデン園に戻れて、幸せを取り戻しました!


2018.05.21 Monday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実─
(創世記3:15-20)
主なる神は悪魔に向かって言われた。「・・・お前と女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼(後のイエス)はお前の頭を砕き、お前(悪魔だけじゃない善悪の知識)は彼(イエス)のかかとを砕く。」

【チョッと一言】
父である神の言いつけに背いた女エバを通して従順な子イエスがお生まれになった!この事件の時すでに、否、エバやアダムを造る前に、否、天地創造前に、未だ生まれてない全ての人も含めて、過去現在未来も、善悪のすべてを前もって知り、事を始められる神である父には想定外などなく、解決策も予定に入っていました!

人の不信仰から神の救いが生じた。人の罪が神の救いをもたらした。人の悪から神の善が生み出された。その鍵がイエスさまです!イエスさまは、人生におけるあらゆる疑問への明解答です!そのイエスさまはアダムやエバだけにではなく、数千年後、私にも命をくれました!

(創世記3:20)
アダムは、女をエバ(命)と名付けた。彼女がすべて命あるものの母となったからである。


2018.05.19 Saturday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実А
(創世記3:11-13)
神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」

主なる神は、蛇に向かって言われた。「・・・わたしはお前と女、お前の子孫と女の子孫との間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く。」

【チョッと一言】
一見、一読、一考、責めのようで、その実、神の愛の本気度を感じます!神は全知の神です!アダムやエバの心が分からずに、なぜ?とか、誰が?と聞かれたのではない。敢えて聞かれたのは、誰彼のせいではなく「自分で選び、自分がやったんだ」とハッキリ認識させるためです。

それこそ神の愛を受け取るお膳立て!人からであろうが神からであろうが、愛されている実感は、「愛されて当然だ」「褒められて当然だ」と、自信満々では有難いとは実感しない。私の神は、この後、世界中に生まれ広がる神の子たちの命の贖いを念頭に入れて、悪魔に対しては、神御自身が決着を付けると宣言し、アダムとエバには、救い主の到来=救いを贈る約束をくださった。言わば、最初の福音告知です!


2018.05.18 Friday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実Α
(創世記3:11-13)
神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」

【チョッと一言】
聖書の「律法」という訳は、適切ではないと思う。「法律」は良いものです。だが、今の時代でも変わらないが、いわゆる旧約聖書時代の律法主義は、決まりや法律を重んじるという良い意味を超えて神さまが言ってないことまで細かく、戒めに戒めを継ぎ足して民衆を縛り上げたのだから、戒律主義と呼ぶ方がピッタリする。戒律主義は上から目線で自分以外の人間を見下げ、「自分は大丈夫だが」との錯覚に陥り、自分以外の人間には「規則を作らないといい加減になるから」と規制したがる。戒律主義になると、「何とかして救おう」とするより、「直ぐに裁きたがる気持ち」になる。何よりも善人ぶった自称義人は、自分をも救えない。最悪、自分の過ちについては屁理屈を並べて他人のせいにする。他者からであろうが、決めるのは自分。でも、救うのはイエスさま!

毎週のメッセージは、イエスさまによる百パーセントの恵みは、ほんのちょっぴり。こうすれば祝福される式で閉める。聞く側もそのほうが納得する。


2018.05.17 Thursday 06:29
今日のことば comments(0)
【新ためて善悪の知識の木と、木の実ァ
(創世記1:31)
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。
(創世記2:16-17)
主なる神は、人(アダム)に命じて言われた。「園のすべての木から(園のどの木からでも思いのまま)取って食べなさい(食べてよい)。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」

【チョッと一言】
「悪魔は神に逆らわせ、悪いことさせようと誘惑する」とだけ考えるの、読みが浅い。教会では、「神を信じなさい。御言葉に聞き、実行しなさい。聖霊さまの導きに従いなさい」とのメッセージに乗ってくるって御存知か?それによって安心する。油断する。さらに、「イエスさま信じると、聖くなる」と信じ込ませ、頑張らせ、本質は変わってないのに自惚れ、悪魔と同じになる。しかも気付かない!

心は一つで、善とか悪とか二つの心はないんです。事と次第、時と場合、回数と加減、相手と自分で善にも悪にもなる。悪魔も人も、善と悪に分別し神の創造の法則原理を崩したがる。しかし神の知恵はその次元を超えている!人には、特に信仰者、「神の子たちには、善も悪もあったほうが良い」との考えです!神の配慮です!そうでなきゃ初めから、完全無欠の人間を造ってよかったはずでしょ?神の愛は信じた後のあなたの成熟の度合でもビクともしない!

「神が私たち一人一人になって、私たちの誕生から死までの人性を重ねてくださった!」イエスさまを信じ受け入れた時、善と悪の法則原理から解かれました!イエスに連なる神の子として永遠に贖われ、復活しています!その後の生活が仮に罪だらけであっても義認、聖化、栄化(完成)は、十字架で終了したので揺るがない!この体=イエス充満のエデンの園に善悪を二度と入らせてはならない!


2018.05.16 Wednesday 06:28
今日のことば comments(0)
1/153PAGES >>