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【遠慮しないで言います!】

〇(ヨハネの黙示録17:8)
・・・地上に住む者で、“天地創造の時から命の書に”その名が記されていない者たち・・・・・。

〇(ヨハネの黙示録21:22-27)
わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。この都には、それを照らす太陽も月も必要ではない・・・小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる。

【チョッと一言】
全知全能の主なる神は、天地創造前からだれが「イエスをわが義、我が救い」と信じ受け入れるか前もって知っておられ、その全知に基づいてその本人が生まれる前に神の子に生まれるよう選んでいます。

全能の主(父)と小羊(イエス)の両者は、人の目からは別々の神のようですが、神の次元では同一です。いわゆる神を信じているだけなら世界には大勢います。聖書の全知全能の神を信じる人ならイスラエルやアラブならもっといます。でも「その神とはイエス」だと納得できなきゃ、当然、一緒にいても人生つまらないし、楽しくもないでしょ?でも、「罪無し・死も無し」としてくれる神・キリストなるイエスさま」と永遠に共に生きるチャンスと特権を自ら放棄するなんて・・・・こんなもったいないことはない!



2018.07.21 Saturday 06:28
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【贖いを味わい直すイエスさまの訪れの時が来た!】
(イザヤ35:12)
主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。

【チョッと一言】
イエスさまを「私のキリスト」として仰ぎ、迎えたら、自分でどんなにあがいても振り切れなかった「罪と死の定めから」解放されます!イエスさまが33年でその人が果たすべき神の御心のすべてを成し遂げた完全な義がそっくりそのまま、その人の成し遂げた義と見なされます!更に、その人の犯したどんな罪も、どれだけの数の罪も、イエスさまが十字架にかかってくださったおかげで、その人の刑の執行はイエスさまにおいて「完了」されたことになります!その人の体は罰されて死ぬ体ではなく、栄光から栄光へと姿を変え、永遠にイエスさまと一緒です!神の暦では、その人が「イエスさまを信じるずっと前」に。その人が「生まれるずっと前」に。イエスさまが「この世界を始めるずっと前」に。その人が「そうなるように選ばれていた」のです!

その人って「イエスさまを慕うあなたのこと」です!色々あって、恵みを忘れているかもしれないあなたにチョッと一言。この原点に帰り、この原点に立ち直し、天から降ってきたこの恵みを噛みしめ直そう!「ハレル〜ヤ!」「hallelujah」と叫び、互いに励まし合ってわが世の春を楽しもう!


2018.07.20 Friday 06:34
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【新生=復活したのに、また善悪の知識の木の実を食べる??】
(ロ-マ3:21-26)
ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる義です。そこには、何の差別もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリストによる贖いを通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。

【チョッと一言】
善悪に生きるとすれば、賢そうでも、破壊した自己矛盾だらけの自分に陥る。だが、私の神にはもう一つの目があって、その目には、あなたが清純で、可愛くて、美しいと映る。それは無垢で、善にも悪にも、そのどちらにも囚われないありのままの自然児のあなたです!

イエスさま信じて「新しく生まれる」とは、アダムが選んだ善悪の法則で、遅かれ速かれ死ぬ宿命にあった我々でも、受け入れた瞬間に生まれてから一生分の罪のすべてが見逃され、神の義=イエスの義と交換され、死の裁きから解放されて生まれつきのままの本来の自分を取り戻す新しい創造です!それってアダムの如く創世記の善悪の知識の木の前に立っているのと同じです。善悪の知識の木の実を食べてはいけません!イエスさまを食べましょう!二度とない大切な人生、天地の神が差し出された唯一の贖い、死から命に移る十字架に立とう!もう二度と死の法則に捕まらないためです!億万長者になれるより低い確率の選びであり、恵みなんですから。


2018.07.19 Thursday 06:29
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【ここから永遠の命に入る】
(ロ-マの信徒への手紙3:9-19)
では、どうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか。全くありません。既に指摘したように、ユダヤ人もギリシャ人(全異邦人を代表した名称)も皆、罪の下にあるのです。次のように書いてあるとおりです。「正しい者はいない。一人もいない。悟る者もなく、神を探し求める者もいない。皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。善を行う者はいない。ただの一人もいない・・・・。彼らの目には、神への畏れがない。」わたしたちが知っているように、すべての律法の言うところは、律法の下にいる人々に向けられています。それは、すべての人の口がふさがれて、全世界が、神の裁きに服するようになるためなのです。律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。

【チョッと一言】
パウロの口を通して主なる神からの全世界の人々への有罪判決の布告です!アブラハムから始まった神の民の模型であるユダヤ民族、モーセの律法に励んだユダヤ民族も、それ以外の民族とも優劣の差はなく、神の標準に達し得ませんでした!それは、善悪の知識に長けても、被造物である人間の力量では他の能力以前に人格的にも「創造主の標準にさえも」到底達し得ないことを悟らなければならなかったのです。それは、パウロ自身この手紙の後半で触れていますが、自分を含めて新約時代に入ってのクリスチャンとノンクリスチャン間にも言えること。それは取りも直さず、完全な人イエスによる神の義をいただく準備のためでしたし、贖い主イエスの義で神の前に生き続けるためです!


2018.07.18 Wednesday 11:47
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【頭の切り替えは、機械の入れ替えより厄介】
(ルカ5:33-39)
人々はイエスに言った。「ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」そこで、イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか・・・新しいぶどう酒は新しい革袋に入れねばならない。また、古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。『古いものの方がよい』というのである。」

【チョッと一言】
イエスは宗教の外見的要素を解き、その中味の本質を強調されました。実行しました。断食の祈りは、間違いじゃないし、食べれないほど窮したときの自然と出てくる非常手段の祈りとして有効です。が、それやらないから不信仰とか、ダメだと言うのは別問題で、律法主義もいいとこだ。そういう人は、天地の神であり、キリスト(メシア)・イエスを旧約聖書時代の「預言者並みに位置づけしている」ことになります。言い替えれば、真心からイエスを主と依り頼む人には、そのこと自体、既に断食の祈り、願望そのもの!

時代の変革には、考えの「一新」「刷新」「心新」が鍵です!この群衆との問答は、「新生し、善悪の知識とイエスさまを入れ換えて根っからやり直せ」であり、「身についた昔の良い経験や資料さえも抹消してしまわないと、「自己」の現状維持では、通用しなくなる」ということです。


2018.07.17 Tuesday 06:28
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【圧倒的イエスの救いと勝利は、私のためだった!】
(コロサイ2:11-14)
あなたがたはキリストにおいて、手によらない割礼、つまり肉の体を脱ぎ捨てるキリストの割礼を受け、洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです・・・・神は、わたしたちの一切の罪を赦し、規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。そして、もろもろの支配と権威に武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。

【チョッと一言】
イエスさまを信じる前の私たちの過去の罪過ちだけでなく、その後のクリスチャン生活に於ける現在から未来に犯す罪過ちをも含めて全知の神が全部先取りして「罪がない」とする凄い破壊力の救いをいただきました!二度と我々を不利に陥れるような規則から規則、戒めから戒めの「十字架以降の戒律主義」に捕まらないよう、自分からも切り棄てよう!

また、恐れてはならない!イエスさまと、その十字架で贖われ、我々一人一人の救いの証印であるイエスさまが聖霊となって宿っている我々の体には、「サタン」は、指一本触れることは出来ない!


2018.07.16 Monday 06:28
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【イエスさまに会いたいですか?会ってみたいですか?◆
(ヨハネの黙示録22:16-21)
わたし、イエスは使いを遣わし、諸教会のために以上のことを証しした・・・・この書物の言葉を聞くすべての者に、わたしは証しする。これに付け加える者があれば、神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる・・・・主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。

【チョッと一言】
昨日取り上げた聖書本文の間に、警告の数行があります。「この預言の言葉」も「命の木」も「聖なる都」も物質的な意味での紙に記された本でも、植物の木でも、実際の都市エルサレムでもなく、「イエス」さまを指し、イエスが掛けられた十字架上で勝利の宣言、すなわち「成し遂げられた」の言葉のことです。

どんな善行に導く正しい教えも、イエス御自身と十字架による罪と死の法則から解かれ、命と霊の法則に贖う力には適いません!教会に新ためて宣言されたのです!そして、最後は、全世界に向けてイエスさまのお出でを待ち望む者への祝祷で終わっています。否!これは恵みの時代の終わりではなく、更に未だ見ぬ新しい時代、新しい天と地の始まりの宣言です!


2018.07.14 Saturday 06:29
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【イエスさまに会いたいですか?会ってみたいですか? 
(ヨハネの黙示録22:16-17,20-21)
わたし、イエスは使いを遣わし、諸教会のために以上のことをあなたがたに証しした。わたしは、ダビデの根、その一族、輝く明けの明星である。」“霊”と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい。「来てください」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、値なしに飲むがよい。・・・・以上すべてを証しする方が言われる。「然り、わたしはすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。

【チョッと一言】
創世記から黙示録まで一貫した聖書のテーマは、神がくださる命です。値なしにとは無料でということですが、天地創造の初めから無代価で神が下さったものです!だが、神に似せて創造されたアダムは、その後に生まれる神の子たちの分まで代表して「悪を退け、善を追求すれば命をつなげるという方程式」に惹かれ、取り入れて命が枯渇する結果(寿命)になりました。だが、多くの時を経て二千年前に天地創造の神の変身=第二のアダムとしてイエスさまが降臨され、後に生まれる神の子たちの分まで(明治-大正-昭和-平成生まれの私たちも入ってます)引き受けて命を得させてくださいました!それで、命の源泉であるイエスさまが、「篤い信仰や良い行いという代価を払ってではない」とキッパリ断言されたのです!不充分な私たち人間の義ではなく、人となった神イエスさまの完全な義のおかげで命が欲しい人は誰でも、どれだけでも料金なしで(人間性そのままで)飲めるようになりました!


2018.07.13 Friday 06:29
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【イエスさまの愛に浸る。そこが自分のアルファで、オメガ!】
◎(ヨハネ20:28-29)
トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
◎(ヨハネ21:21)
ペトロは、彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。

【チョッと一言】
皆が同じになることが聖霊のみわざという妄想、夢想に翻弄されてはならない。当然ながら、同じものを食べても同じ身長、同じ体重、同じ顔立ち、同じスタイル、同じ体力、同じ才能、同じ趣味にならない。ましてや、それぞれが生まれつき備わった持ち味、個性を自信もってありのまま活かせる自分になるよう十字架で贖われた!これが神のみわざであることは言うまでもない。だから必要以上に個性を出そうと力む必要などないし、他人と比べて優越感も劣等感も抱く必要もない。

神の作品である一人一人は、十把一絡げにまとめて愛されているのではなく、「あの人」「この人」「自分」に個別に百パーセント、愛を注がれる!だから、他人との比較は愚の骨頂!特に日本では、イエスさまの十字架で自分を取り戻さなきゃ救いにはならない!自分回復がないのなら聖霊の働きじゃない!と私は考えます。贖われた人生、「私の救い」「私の主」として自分なりにイエスさまを愛し返せないでは終われない。


2018.07.12 Thursday 06:29
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【キリストになれたのは、イエスさまだけです!】
(エフェソ3:14-16)
キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です・・・
両者を一つの体にして十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

【チョッと一言】
かつてイスラエルは、その国民の多くが、「自分たちだけが創造主なる神に造られ選ばれ、地上で祝福された民族と自負し、神の律法を行う良い行いで神に仕える唯一の民族だ」と威張っていました。自分たち以外の民族を軽蔑し、裁き、神の祝福から除外された者として見下げ、異邦人と呼びました。それを「肉」と呼びます。一方で異邦人は、自分たちの良心に基づいた法律や戒めで社会通念、一般常識として歴史を刻んできました。これは「肉」です。

しかし、民族性の優劣意識も「肉」ですが、自分の良い行いで生きることはもっと肉です!生まれつき、イスラエルも異邦人も両面から肉で生きている。イエスさまだけです!イエスさまだけが自分の肉を霊に創造しました!そして、世界の全民族を神に創造された者として互いの壁を壊し除去し、イエスさまの体と合体させ、イエスさまの霊で通い合うキリストの霊の民族に創造します!ペンテコステの聖霊降臨の日に全世界、あらゆる民族、国語、文化、宗教の隔てを超えて始まりました!

良心によってであろうが律法によってであろうが通用しない肉の行い=人間の義を廃棄し、神は良心と律法の両面からのイエスさまの完全な義と交換されました!神のみわざです!


2018.07.11 Wednesday 06:28
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