教会情報や近辺のお店情報などをUPして行きます!〜[:危険:]ブログ内の広告は無関係なのでクリックしないで下さい!(特に携帯から観覧の場合)〜
Calendar
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
NewEntry
Profile
Category
Archives
Comment
Search
Link

日本時間(Japan Time)
天気情報
Favorite
Mobile
qrcode
Sponsored Links
【神の愛、それはイエス!十字架!ぁ
(競謄皀4:7-8)
わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。

【チョッと一言】
パウロが言った信仰の戦いとは、律法を守ることで罰を免れ、祝福を得られるとする善悪論の律法主義のこと。初めっから人間には無理な試みであり、神の意志ではない!一点一画も漏れず完ぺきに実行されたイエスさまを信じ受け入れるだけで神の義をもらえるとの信仰を持ち続けるには自分の内に根を張ってる律法主義は強敵。イエスさま信じ受け入れても、逆にもっと律法的にさえなる。最後までイエスさまによる恵み信仰を貫くには、パウロみたいに自分との戦いが続く。

決められた道とは、世に「イエスさまだけが唯一無二の完全な罪の贖いだ」と首尾一貫、徹頭徹尾、信じ通すこと。たとえイエスさまを信じ受け入れても、それは聖めへの第一歩だとする人は、今まで使っていた“神さま”とか“主”という呼び名を使い続けるので、昔のイスラエル以上に、より一層の律法主義になり、抜け出せない。


2017.06.16 Friday 06:30
今日のことば comments(0)
【神の愛、それはイエス!十字架!】
(汽茱魯3:17)
こうして愛がわたしたちの内に全うされているので、裁きの日に確信を持つことができます。この世でわたしたちも、イエスのようであるからです。

【チョッと一言】
神の愛とは、聖なる聖なる聖なる神から罰せられないということです。イエスさまを自分の義、聖、罪の贖い、自分の身代わりの罪滅ぼしと信じ受け入れたからには、私の神は祝福しかもたらさない!イエスさまがわざわざ人と同じように人間マリアの胎内に入られたのは、アダム以来のすべての人に母親の胎内に始まり死に至るまでの一生つきまとう罪と死の法則を一緒に負うためでした。十字架でイエスさまが息を引き取られたとき、あなたに対する罪の罰はイエスさまと一緒に終わり、完了しました!そしてイエスさまの完全な義、聖、善はあなたのものに!一緒に復活して今やあなたは新しい被造物です!

このイエスさま、十字架信仰に祝福も守りもごく自然についてくる!


2017.06.15 Thursday 06:29
今日のことば comments(0)
【神の愛それはイエス、十字架◆
(汽茱魯4:16-18)
・・・神は愛です。愛にとどまる人は・・・愛がわたしたちの内に全うされているので、「裁きの日」には確信を持つことができます・・・愛には恐れがない。完全な愛は恐れを閉め出します。なぜなら、恐れを伴い、恐れる者には愛が全うされていないからです。

【チョッと一言】
「裁きの日」を取り上げて考えてみよう。デイスペンセイション的神学論だとすべての人が一様に神の前に出て、善であれ悪であれ裁判を受ける特定の日があると解釈します。

でも、 嶌曚の日」とは、最初イエスさまを信じ受け入れて罪赦された人たちが信じた後、地上の人生で言い訳できないほど積み重ねた罪の数々を示されても、最初の十字架信仰で裁きは一件落着していることを再確認する日です!ローマ7〜8章でパウロが十字架の義の力をを新ためて再確認したのと同じです。 また、◆嶌曚の日」は、皆が同じ日ではない。個人差があり、生きてるうちにもあり、死んでからだとは限らない。 0δ鏤劵謄皀討愾った書簡(4:6-8)では「裁きの日」とは、イエスさまを信じ通した者が義の栄冠をもらえる日です!

先日、「地獄から生還した男の話」で紹介した1974年一月末から二月初めの三日間で遭遇した私の体験とも重なります。あの時から、裁きへの恐れはすっかり取り除かれ、解放されました!


2017.06.14 Wednesday 06:29
今日のことば comments(0)
【神の愛、それはイエスさまと共にあなたへ 
(4:16-18)
わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。こうして、愛がわたしたちの内に全うされているので、裁きの日には確信を持つことができます。この世でわたしたちも、イエスのようであるからです。愛には恐れがない。完全な愛は恐れを閉め出します。なぜなら、恐れを伴い、恐れる者には愛が全うされていないからです。

【チョッと一言】
神の愛を全面的に信じ受け入れよう!神の愛にとどまり続け、心(知情意)と体の全細胞で味わわせてもらいましょう!神は、御自分と人とのかかわりを一人二役で、すなわち“父なる神に対して子なる神イエス”という方式で伝えられました。互いに通う命と力は愛です!それは、そのまま「神とあなたの関係」の縮図でもあります。十字架で神の愛は完成しました。

イエスさまは「愛を受けるあなたの姿」でもある!イエスさまは十字架の死に至っても恐れがありませんでした!あなたも完全な神(父)の愛を信じきったら、イエスさまのように自分に関してはどんな不都合な事態に陥っても、裁かれる恐怖はあなたに住みつけない!


2017.06.13 Tuesday 06:28
今日のことば comments(0)
【イエスさまの御顔を仰ぐ】
(詩編42:2-3,5-6)
涸れた谷に鹿が水を求めるように 神よ、わたしの魂はあなたを求める。神に、命の神に、わたしの魂は渇く・・・わたしは魂を注ぎ出し、思い起こす 喜び歌い感謝をささげる声の中を 祭りに集う人の群れと共に進み 神の家に入り、ひれ伏したことを。なぜうなだれるのかわたしの魂よ なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう 「御顔こそ、わたしの救い」と。

【チョッと一言】
イエスさまに人生が贖われた者たちは、それ以外のものでは心は満たされない。体が病み、あまりにも心が沈み、喘ぐ時には、なおさらのこと。でもそんな時こそ、イエスさまの御顔を仰くことが出来れば、力を得る。イエスさまを慕う者には人間の助言や執りなしの祈りを遙かに超えた“いざ”という時のイエスさまの御顔はその人を救う。私自身も何度助けられたことか。

主を待ち望め!あなたにはイエスさましかいない!


2017.06.12 Monday 06:29
今日のことば comments(0)
メッセージノート(6月11日)

便箋引用聖句(イザヤ43:1-7、エフェソ1:5)

 

わたしたちは前もって定められた…ていた事!が感謝なのです♪



2017.06.11 Sunday 14:00
メッセージ comments(0)
【メシア(キリスト)・イエスを知れ!ぁ
(エフェソ1:6-12)
・・・神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、(わたしたちの過去現在未来の一生分、一括して)罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるのです・・・こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられるのです。わたしたち(イエスにある者たち)は、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画に前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。

【チョッと一言】
神は、御自分が創造された人との関係を、父なる神に対して子なる神という二役で見せてくださった!これは神にしか出来ないことです。イスラエルはその神の意志を分からず、つまずきました。

私たちが神の子とされた由来とは、自分の善行、義によってではなく、イエスさまが人間神の子の代表として神の義を完ぺきに成し遂げ、罪過ちの死という刑罰まで十字架で受けてくださったエスさまのお陰です。聖書が伝える“神を信じる”とは、それ以外の何ものでもない!我々が神の子であるとは、“イエスさまを信じるだけ”でもらった称号です!讃美せずにはおれない!


2017.06.10 Saturday 06:29
今日のことば comments(0)
【メシア(キリスト)・イエスを知れ!】
(エフェソ1:3-5)
わたしたちの主イエス・キリストは、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと前もってお定めになったのです。

【チョッと一言】
この書簡を通して使徒パウロは、どれほどクリスチャンなる人物が神の祝福に恵まれているかについて伝えてくれています。

神は、\茲此天地創造に着手する前に⊆,法誰を御自分の子にするか前もって決めておられたそして、聖にして汚れのない子しようとですよ。父である神の一方的な意志ですから、この出番はありません。でも、だから、超嬉しい定めです!

その奥義と実際を分からせようと前もって善悪の知識の木の実が造られました。そして「人間だが神の子第一号アダム」の失敗がありました。でも彼は救われた!神はアダムに続く「人間神の子の第二号第三号〜〜〜六千年経過した私たちまでも」、自分の行った善行によらず、イエスの義による恵みの選びにあずかっています。


2017.06.09 Friday 06:28
今日のことば comments(0)
【メシア(キリスト)・イエスを知れ!◆
(使徒言行録3:20-21)
こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた万物が新しくなるその時まで、天に留まることになっています。

【チョッと一言】
天地の主は、多くの預言者たちの口を通してメシアを遣わすと四千年もの間ずっと予告され、イエスさまも世に自分を顕す日を天地創造の前から待っておられたのです。一回目は、アダムが土から形づくられた体に主の霊が吹き入れられた時から旧約時代のイスラエルまで。二回目すなわち万物が新しくなるその時とは、ペンテコステの日に十字架で贖いを成立させたイエスさまの霊が主に異邦人のアダムの子孫、すなわち、イエスさま信じ受け入れた神の子たちにです。聖霊さまと呼んで別の神のようでイエスさまと同一です!三人一組の、また、三人別々の神ではないのです。ペンテコステの体験は、内容と実体から言えば、自分の体にイエスさま充満という体験です!


2017.06.08 Thursday 06:30
今日のことば comments(0)
【メシア(キリスト)・イエスを知れ 
(使徒言行録3:17)
ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためだったと、わたしは分かっています。

【チョッと一言】
聖霊にバプテスマされた十二弟子の一人ペトロは集まった民衆向かって「あなたがたが十字架につけて殺したあのイエスが先祖伝来聞かされてた約束のメシアだったんだ!」と声を張り上げました。「指導者同様に無知のためだった」に注目!律法は、元々戒めではなく他人への配慮から出ているが戒め好きで支配したがるイスラエルの指導者が、我が世の春を夢見て、ねじ曲げ、大量生産しました。結果、国民を窮地に追いやっていたのです。赦しと癒し、無罪と神の聖を惜しみなく与えるイエスに敵対心を募らせ、異邦のローマ人と結託してイエスを十字架につけて殺してしまいました。

誰が知り得たであろう。この手段が全世界の救い、この人物がメシアだったと。悔い改めるとは、“ごめんなさい”する改心じゃない!第一義的には、神を信じる人が、ずっと世界に先駆けて知らされていたメシア・イエスさまを信じ受け入れて、二度と“戒め主義”にならぬよう心(知識も意志も感情も)を百八十度、回心することです!


2017.06.07 Wednesday 06:29
今日のことば comments(0)
<< 2/122PAGES >>