教会情報や近辺のお店情報などをUPして行きます!〜[:危険:]ブログ内の広告は無関係なのでクリックしないで下さい!(特に携帯から観覧の場合)〜
Calendar
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
NewEntry
Profile
Category
Archives
Comment
Search
Link

日本時間(Japan Time)
天気情報
Favorite
Mobile
qrcode
Sponsored Links
【僕のイエスさまが善悪と一騎打ちして負かしたんだ!】
(ロ-マ8:3)
キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死の法則からあなたを解放した。

【チョッと一言】
世のクリスチャンたちよ。いつまでも聖書の記録を他人事みたいに読むだけ、調べるだけ、研究するだけ、お題目みたいに唱えてばかりいないで自分の実話として再現してみよう!

善と悪の二元論にいつまでも苛(さいな)まれるほどなら、いっそのこと対決して善も悪も殺してしまえ!しかし、善悪に勝てるのは聖なる神しかいない。だから人を造った神は、人間イエスとなり、自ら大将を買って出て“十字架戦場で善と悪に対決”された!壮絶な激戦でイエスも戦死した。でもでも自分の内にある完全な義が全身全霊に働いているから、三日目に新しい命に復活した!この世の歴史で善悪の知識との体を張った一騎打ちで負けたようで勝ったのはイエスお一人だ!

このイエスさまにあやかりたいなら、この方と自分をそっくり合体させる心で迎え入れればいい。生き永らえる間イエスさまが一緒なら、善悪に“全敗”でも、十字架と復活で御大将イエスが善と悪に大勝利したから、罰としての死は“全廃”された!死なない!遂に「善悪に左右されない新しい自由人」になったんだ!善悪の知識ではなく、これぞ人を救う真の知識!

クリスチャンよ、ちゃんと聖書を真に受けて信じなよ!罪と死と命は自分の実話として生きようぜ!イエスさまが来られて二千年も経つのに、未だに自力で頑張る牧師はじめ修行僧の集まりが教会なのか?


2017.08.12 Saturday 06:29
今日のことば comments(0)
【自分の馬鹿さ加減を分かってないのが一番の問題ぁ
(フィリピ1:21)
わたしにとって、生きることは、キリスト。

【チョッと一言】
旧約聖書にしろ新約聖書にしろ、聖書の教えは、順番としては救われた後に出て来るので、救われたその後どう生活して行くべきかの指針みたいに考える人がほとんどだと思われますが、その実反対であり、どんなに救いが有難いか、強固なものなのかを知性でしっかり理解させ、底尽くことのない救いの再体験、再々体験に向かわせるためです!十字架の贖いは、息を引き取られたときに一瞬にして完成しました!もう何の教えも加えてはならない。正しい指導で良い行いで救いの実を結ぶと期待しても、逆戻り。十字架のイエスさまの完全な罪と死からの贖いを薄めていきます!せっかくイエスさまの義で救われたクリスチャンが十字架を疎かにしている!十字架は初歩だと思ってる以上はそうなる。救いは神のもの、神からのもの。自分の善行で救われた人生を締めくくるのでは毛頭ない。

真のきよめとは、十字架による贖いにだけ頼り、繰り返し繰り返し自分を義人イエスさまによる十字架に釘付けして、良い行いという自分の義による生き方に死ぬと、新しいイエスさまの義の命に生かされます!


2017.08.11 Friday 06:29
今日のことば comments(0)
【自分の馬鹿さ加減を分かってないのが一番の問題】
(ロ-マ7:24)
わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体からだれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしはキリストを通して神に感謝いたします。わたしは心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです・・・今や、キリスト・イエスに結ばれている者(わたし)は罪に定められることはありません。キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死の法則からあなた(わたし)を解放したからです。

【チョッと一言】
大先輩の使徒パウロ。昨日に続きもう一度。彼のような人物を今の世界中の教会に、どこの誰に見つけれるだろうか?彼は、律法主義から回心し、イエスの恵みに生き、人々に伝えるまで20年近くかかっています。それでも、「昔はイエスさま知らなかったからだ。これからは善行をもって完成目指して神に恩返ししなきゃ。いや、イエスさま信じたから清くなれる。皆もそうしなさい」と、しょっちゅう二言目には自分の建てた教会に言ってた。でも、晩年になり、最後の宣教国ローマの頃には、「わたしは信仰面(霊の内には)神に仕えているが、もう一人の自分、肉(生まれつきの自分)では、意に反して依然として罪に仕えているんだ。惨め!」と、嘆いた。それだけ、内的に成熟したのです!“だんだん自分は清くなってる”と鼻高々になるのが普通です。愛弟子テモテには、「俺って罪人のかしら。親分。罪人の最たる者」とさえ本音をさらけ出した。パフォーマンスでも、言い聞かせてるんでもない本心。プライドその者の自称義人が本気であそこまで人前で言えるには時間かかるみたい。目立った倫理的法律的罪過ちがないのにだ。


2017.08.10 Thursday 06:29
今日のことば comments(0)
【自分の愚かさ加減を分かってないのが一番の問題◆
(ロ-マ7:24)
わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体からだれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしはキリストを通して神に感謝いたします。わたしは心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです・・・今や、キリスト・イエスに結ばれている者(わたし)は罪に定められることはありません。キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死の法則からあなた(わたし)を解放したからです。

【チョッと一言】
かつては熱心な律法の一点一画も非の打ちどころのない熱烈なファリサイ派の律法学者だったパウロ。過去の自分を糞土と言ったパウロ。

イエスさまに出会って聖なる神に通用しない「律法の行いで義とされる」の不信者や異教徒並みの生き方から本気で回心し、恵みの使徒になった「イエスがキリストと信じると義とされる」という聖霊の働きで七つの初代教会を築き上げた使徒パウロが打ち明けた正直さを今の代の、世界の牧師たち、伝道者たち、信徒たちに見つけるのは、難しい。「毎週日曜日に教会に行ってるから。牧師を神さまの器として尊敬してるから。その指導に従ってるから。祈ってるから。聖書を読んでるから。伝道してるから。奉仕してるから。献金してるから。偶像など拝まないから。不倫などもってのほか。酒飲まず、タバコ吸わず、この世の歌など歌わないから。家庭を大事にしてるから祝福されてるんだと。だから何?それくらい普通じゃん。人生訓であり自然の法則並みなのに罪がない聖なる者?目も当てられない高慢です。

パウロもようやく自分の中身は変わってないことに気づき、高齢者になってやっとのことで十字架の「贖いの基礎」と「永遠性」を悟りました。これって聖書用語では御霊の実ですが、一般的な表現では年の功です。


2017.08.09 Wednesday 06:29
今日のことば comments(0)
【自分の愚かさ加減を分かってないのが一番の問題 
(ルカ23:34)
そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」

【チョッと一言】
「・・・私は聖書の言葉を守っている。祈っている。御心を行うことを常とし、罪を犯さないよう日ごろから心がけている。悪い言葉を一切使わないよう心がけ、不信者に証しになるように気をつけている。だから、神さまに守られ、恵まれ、祝福されています。イエスさまに喜んでもらえることが私の一番の目標です。」良い心構えに聞こえるが、「だから、あなたも不信仰を改め、神第一の人生に切り変えなさい。」と指導したがる。毎日、人相手にこういう会話をしていると、言ってることは優等生でも自分の心深くに潜む自己が見え隠れする。

悪いことだけが悪いのではなく、「良いところにも悪が住んでる」と思わないのが自称義人。ルシファー、後にサタンになった自慢の神サタンに相通じる致命的な高ぶり!これが罪の筆頭に位置する。このプライドは神の国ではない。神に一番遠い位置だ。ことさらに善悪、御心とか不従順、祝福されるとか罰されるとか意識し過ぎる方が、サタンは善を餌にして捕まえる!

悪い心で罪を犯すより、善に走る人はと、自分の過ちに気づき難い。イエスさまが十字架刑の苦痛と苦悩の中で「赦してください」と執り成されたのは、ほとんどの人が「悪い罪人のことだ」と思ってる人が多い。だが、真っ先に「私は正しいことをしている」と思い上がってる自称義人のためだったとご存知?これが分かると、自称義人罪人も通常の罪人も、本物罪人も分け隔てなく共に手を取り合ってイエスさまを喜べる!賛美に没頭できる!


2017.08.08 Tuesday 06:29
今日のことば comments(0)
【主の恵みは、尽きない!】
(汽茱魯3:1-2)
御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。愛する者たち、わたしたちは、今既に神の子ですが、自分がどのようになるかは、まだ示されていません。しかし、御子が現れる時、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのまま見るからです。

【チョッと一言】
人の子も神の子も愛の結晶だとすれば、「どれほど私は愛されているんだろう」という実感の度合いで左右されます。恵みと愛は、私の理解では同義語です!ヨハネは福音書でも、私たちが何か行いが立派で神の子になれたとは言ってません。創造主なる神がイエスという人間になり、恵みと愛の言葉として我々の中に入ってこられた。その中身は御自分の義で生まれつき私たちにまとわりついている罪と死の宿命的法則を粉砕し、御自分に連なる神の子としてくださった!

それで終わらない。恵みは、まだ、まだ、まだ、まだ続く!今度イエスさまに会う時、「一瞬にしてイエスさまに似る者になる」という「とんでもないサプライズ=プレゼント」が用意されている!信仰は重要な第一歩だが、イエスさまを慕わないで、「こうしなければ愛されない」「こうすれば祝福される」等々の「条件付繁栄や聖めの教えに毒されている人々」は、イエスさまに出会うまでは、この興奮お預けです!

神の子になれたのも、神の子としての日々の生活も、そして神の子としての最後の仕上げまでも、一貫して十字架と復活のイエスさまの義のお陰です!


2017.08.07 Monday 06:29
今日のことば comments(0)
【実に実に、この上なく有難い、唯一無二のキリストの恵み】

(エフェソ3:12)
わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。

【チョッと一言】
神みずから人と神を結ぶ仲保者をかって出られた。それが神であり人であるイエスさまです。半分神で半分人ではなく、罪を一つも犯さない神なのに、罪こそ犯されなかったが人と同じ罪人となられ、この方こそ適任でした!

このイエスさまが一緒にいてくださるおかげで、地上にいても、私がどんな人間であってもイエスが主と信じることと引き替えに「神の国出入り自由の証明書」をもらいました。無期限有効です。死んでからではなく、この世に生きたままで両国を往き来できるから人生楽しくなる。この世、天地万物は、創造主の「肝いりの祝福された所有物」なのです。天地創造は一秒の休みなく今日も続く。イエスさまを主と迎え入れた瞬間から、イエスさまは私の真の守護神です!イエスさまに掴まったから、形だけの世離れした禁欲主義で、修行僧みたいな教え中心のキリスト教宗教家になるって考えもんだな。真の聖とは、人間は絶対に造れない!



2017.08.05 Saturday 06:29
今日のことば comments(0)
【十字架でもらったのは、イエスさまを楽しむための命】
(ヨハネの黙示録22:20-21)
以上すべてを証しする方が、言われる。「然り、わたしはすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。

【チョッと一言】
律法に生きようとするのは神の本意ではない。モーセに啓示された十項目の基準をどんなに高度の道徳心を持っていたとしても、一秒も間を置かず、一つも漏れず完全順守、完全実行出来た人物はこれまでいない。一人もいない。これからだって出ないと、断言します!被造物は、被造物!創造主とは本質から違う。だから、神自らがイエスとして我らと等身大で肩を並べてくださった!そして、一秒も間を置かず、一つも漏らさず完全に神の子の長子として我々弟分、妹分の代行してくださった!

父親ととしての神は、ここまでやってくれたんだ。ああ、それなのに、それなのに、宗教心で完全な神の標準に到達できると思ってるのかい?人間並みじゃダメなんだよ!モーセから四千年。キリスト・イエスが来られて救いの業を完了されて二千年!十字架と復活の事実以外は、福音にあらず!

世界は恵みで始まった。締めくくりもイエスさまの恵み!恵みに徹しようぜ!・・・イエスさまに憩いましょうよ!


2017.08.04 Friday 06:29
今日のことば comments(0)
【そうじゃないかえ、皆の衆】
(マタイ6:26-30)
・・・空の鳥を良く見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの父は鳥を養ってくださる。あなたがたは,鳥よりも価値ある者ではないか。・・・野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか。信仰の薄い者たちよ。

【チョッと一言】
「空の鳥を見なさい。野の花を見なさい。」分かりやすい!神さまに祝福され幸せになるためには「こうしなければならない」「こうしてはならない」と条件ばかり並べて悔い改めを迫ったり、罪、泥を吐かせようとすることしか頭にない思い上がりの指導者や自己過信の信仰者に対してかなりきつい言葉です。当時の一般人は、彼らの説法に聞き飽き、「またか!」と、ウンザリしてました。「働きがないのに」とは、「条件を満たしていないワルに対しても神さまからの一方的な計らいで」という意味であり、「働きがなくても(良いところが全くないのに)いただける恵み」という意味です。柔和で忍耐深いあの神イエスさまがそういう指導に対して、怒った!「信仰の薄い者たち」と糾弾された!イエスさまの昇天後、聖霊を口癖にし、律法学者風の連中が減らない。

信仰とは心配しないこと。信じきってることです!“信仰”“信仰”と口にする人ほど、不信仰だったり!信じきってる人は、口で言わなくても平安だから、口にしない!


2017.08.03 Thursday 06:29
今日のことば comments(0)
【神の国と神の義とはイエスさまを信じきること】
(マタイ6:33-34)
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えられる。だから明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩むな。その日の苦労は、その日だけで十分である。

【チョッと一言】
「神の国と神の義」とは、天地の主なる神(ャ-ウエ)は、太陽を昇らせ、雨を降らすだけでなく、私たちの生活の必要すべて御存知で、与えてくださると信じきっていることです。災害に遭ったり、仕事がなかったり、病気で働けなくなってもです。自分から見えなくても感じれなくても、向こうからは行動だけでなく、私たちの心も、生活のすべてまでご存知だから。

「思い煩う」とは、その真逆。「心が分かれる。どっちつかず。目標が一点に集中できない状態」です。「どうして良いか分からなくても、イエスさまが何とかしてくれるよ」って思えたら、ぶれない。今日も進める。そういう生き方は、「行き当たりばったり」ではない。「備えあれば憂いなし」という世間一般の常識など何のその。

でも実際どうして良いか、知恵も策も見つけきれない時もある。じゃあ誰が明日のこと考える?あなたは動揺しなくて良い。「明日が思い煩ってくれる」。言い換えれば、「開き直り!」頭では分かってても、そう信じきれない時はある。でも、「自分の今日の中にイエスさまがいる。」そして、「明日の自分の中にもイエスさま」がいる!


2017.08.02 Wednesday 06:29
今日のことば comments(0)
<< 2/128PAGES >>