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【キリストになれたのは、イエスさまだけです!】
(エフェソ3:14-16)
キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です・・・
両者を一つの体にして十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

【チョッと一言】
かつてイスラエルは、その国民の多くが、「自分たちだけが創造主なる神に造られ選ばれ、地上で祝福された民族と自負し、神の律法を行う良い行いで神に仕える唯一の民族だ」と威張っていました。自分たち以外の民族を軽蔑し、裁き、神の祝福から除外された者として見下げ、異邦人と呼びました。それを「肉」と呼びます。一方で異邦人は、自分たちの良心に基づいた法律や戒めで社会通念、一般常識として歴史を刻んできました。これは「肉」です。

しかし、民族性の優劣意識も「肉」ですが、自分の良い行いで生きることはもっと肉です!生まれつき、イスラエルも異邦人も両面から肉で生きている。イエスさまだけです!イエスさまだけが自分の肉を霊に創造しました!そして、世界の全民族を神に創造された者として互いの壁を壊し除去し、イエスさまの体と合体させ、イエスさまの霊で通い合うキリストの霊の民族に創造します!ペンテコステの聖霊降臨の日に全世界、あらゆる民族、国語、文化、宗教の隔てを超えて始まりました!

良心によってであろうが律法によってであろうが通用しない肉の行い=人間の義を廃棄し、神は良心と律法の両面からのイエスさまの完全な義と交換されました!神のみわざです!


2018.07.11 Wednesday 06:28
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【自分の《好き》に生きると、心も体も命豊かになる】
(詩編34:1-4)
ダビデの詩。ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放されたときに。どのようなときも、わたしは主をたたえ、わたしの口は絶えることなく賛美を歌う。わたしの魂は主を賛美する。貧しい人よ、それを聞いて喜び祝え。わたしと共に主をたたえよ。一つになって御名をあがめよう。

【チョッと一言】
「どのようなときも」とは、言うまでもなく「主への賛美などする気が起きない状況の中でも」という意味です。現実にはこんな恥と惨めで哀れな姿に変わり果てた自分は生まれて初めての経験しても、ダビデ王の心には「決して神に見捨てられたのではない!主は目を逸らさないで私をしっかり見ていてくれる。必ず私に良くしてくださる!」との確信がブレなかったからです。何と言ってもダビデ流に歌い、ダビデ流に弾き、ダビデ流に躍るのが好きだった!こういうとき、人は見かけと違い、心は貧しくなりません!

でも、賛美を苦境を乗り越える秘策や方法論としてだけだと、たまには良いが、そればっかりでは人によってはいつか気持ちがついて行けず、無理が積もれば、体を壊す。また、自分の好きなリズム、メロディーで表現したからこそ力が湧いてきました!これこそ賛美にふさわしいという礼拝学で説く音楽には命がない。何事も自分の好きは、神からのものなんだ!その中で一番好きはイエスさま!


2018.07.10 Tuesday 06:29
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【イエスさまは創造主⇔再創造主。救いの創始者⇔完成者】

(黙示録22:13)
わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり終わりである。

【チョッと一言】
イエスさまは、キリスト教という一宗教の教祖ではなく、宗教家の一人でもなく、哲学者ではありません!歴史以前から唯一人不死を保ち続けていて,垢戮涜減澆垢襪發里痢崛和ぜ隋廚任后無から有を生じさせ続ける天地万物被造物の創造者にして統治者ですから、神の子たちが神よりも善悪の知識という聞こえは良いが自分を神とする考えを入れて破壊をもたらした天地万物の「再創造主」です!

33年半イエスという名で人になられたが、十字架と復活で失われた神の子たちを十字架と復活による贖いで新生させ、罪と死の法則から霊と命の法則に繋いでくださった救いの「創始者」です!でも神の子たちの努力による“きよめの進化論”は、聖なる神に通用しません。終末にか、終末を待つまでもなくイエスさまと十字架を信じきって善悪の知識から縁を切られたら、死を見させない救いの「完成者」です!



2018.07.09 Monday 06:29
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メッセージノート(7月8日)

便箋引用聖句(ローマ8:38-39)

…わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。

 

神の愛はイエスさまの十字架によって成就しました♪



2018.07.08 Sunday 13:24
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【栄光=イエスから〜栄光=イエスへ】
(コリント3:12-17)
・・・今日に至るまでモーセの書が読まれるときは、いつでも彼らの心には覆いが掛かっています。しかし、主の方に向き直れば、覆いは取り去られます。ここでいう主とは“霊”のことですが、主の霊のおられるところに自由があります。わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていきます。これは主の霊の働きによることです。

【チョッと一言】
イエスさまの十字架と復活で贖いが完成しても、パウロが命かけて教会人の多くに、旧態依然とした律法主義の連中がのさばり、律法時代に逆戻りさせる反キリストの運動のリバイバル衰えず、今日に至ってる。イエスさまがもたらす世界は、善悪を超越している次元であり、世界です。いい加減、律法主義と縁を切らないでいると、イエスさまを信じながら、イエスさまを語りながら鈍くなり、朦朧となる!律法主義的善悪に生きることを止め、イエスさまだけに自分を委ねきれ!

栄光から栄光へとは、自分の義に立たないことです!イエスさまからイエスさまをへという意味以外にありません!イエスさまは、自分の体をあなたの体とを合わせて罪と死から解き放った後、自分の体を脱ぎ捨て、自分がきよめたあなたの体に聖霊として宿られます!


2018.07.07 Saturday 06:30
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【ハレルヤ!イエスさまのお陰で恐れから⇒畏れに!】

(箴言1:7)
主を畏れることは知恵の初め。

【チョッと一言】
「畏れ」と「恐れ」は違う。イエスさまを信じても、クリスチャンになっても、罪の赦しの経験が明確で、しかも経験が増えると、親交が深くなるが、信じてる、清く、信仰深くなりたい宗教心だと、「主への恐れ」が抜けきらない。チョッと善悪がよぎると、おどおどする。

全知全能の神のようにはなれない。神を知るより、神に知られていることを知るほうが楽になる。嬉しさ、有り難さが体中に増える!元気が出る。やる気が起こる。ましてやイエスさまによって神がどんな方か味わったのなら、善悪論で招いた罪と死の法則をイエスさまと、イエスさまの十字架で解消してもらったのなら、二度と善悪の知識に戻ってはいけない!生きてる間、イエスさまが善も悪もコントロールし、万事を自分にとって益にしてくれる!悪いこと嫌なことが続いても「自分の信仰が薄いから、肉の思いだからこうなった」と思うより、「十字架にかかってくれたくらいだから、イエスさまは決して私に悪くするはずがない!」と決めつけよう!この世界の創始者なる神であり、命の木=命の授与者イエスさまに自分を賭けてしまうのが何を知るより先決では?!



2018.07.06 Friday 06:29
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DCAKミュージックスクール サマーライブ2018



2018.07.05 Thursday 16:23
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【完全な者って?】
(マタイ5:45-48)
父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。

【チョッと一言】
神は、自分を悪く言う敵を憎むより、敵さえも愛する。裁かないどころか、代わりに自分が罰を受ける。自業自得だ!と、諫め、突き放すより、問答無用で救う!一度や二度ではない!完全な者、義人、聖人とは、そのような人のことです。だったら僕には無理だ!誰も完全にはなれない!と思う。人間にはいない!

そう、だから完全な神が、人=イエスとなって実行してくれた。善悪論者には、頭にくる話かな。戒律好きな人には、そのようなイエスさまだと、正直、指導しにくい。目障りになる。だから十字架にはりつけにした。でも、それでも、イエスさまは恨まない!そういう人をも今日も明日も、もっと愛す!


2018.07.05 Thursday 06:28
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【何でも話せて、何でも頼める頼りになるイエスさま】
★(ヨハネ14:13)
わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうしてわたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。
★(ヨハネ16:34)
今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。

【チョッと一言】
何と嬉しくて、有難い申し出だろう!イエスさまが「今までは・・・。」と言われたが、それほど、世界で創造主なる神を啓示されたイスラエルは外見は形だけ、宗教色だけで、内的には彼らが「犬畜生並みに見下す異邦人と変わらないほどに異邦人化」していました。

だが創造主は人と変わらない等身大の人間となって友好的に彼らの中に入ってこられました。そしてこの呼びかけです。「祈らなきゃ罪だ」と言わんばかりの律法主義クリスチャンや、「父・子・聖霊の名」を登場させるのが望ましい、とか新約聖書時代の善悪の知識論者がいるが、私のイエスさまは困ったときの神頼み=祈りを奨励されました!困ったときは言われるまでもなく、自然に「助けてくれ!」と出てくるもの。戒めとしての祈りなんて初めっから不自然で宗教臭い。


2018.07.04 Wednesday 06:28
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【十字架が自分に肉体化すれば、恵みに徹しきれる】
(民数記21:8-9)
主はモーセに言われた。「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。」モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

【チョッと一言】
この場面、この出来事はイエスさまの十字架の贖いと同じです!「蛇」とは、善悪の知識であり、律法に凝り固まっている私たちです。それは、私たちを死に向かわせ、死から逃れられなくします。でも、「イエスさまに」代わると、「神の義」になり、遅かれ早かれ「死」の状態からでも「永遠の命」をもたらします!これが別の言い方で新しく生まれるということです。この命の法則にずっと、生き続けることがクリスチャン生活です。罪と死の毒が体中を回ったら、良いことをしても効果はありません。イエスさまこそが「私たちが死なないための毒消し」だけでなく、「永遠にイエスさまと生きるための生命」です。


2018.07.03 Tuesday 06:28
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